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米沢上杉まつりは、4月29日に開幕祭、5月2日の武てい式、3日にまつりのハイライトである川中島合戦が行われました。
2日は、夜に行われる武てい式を前に、午後4時過ぎから武てい式軍団行列が上杉家廟所から千勝院を経て、上杉神社本殿まで行進しました。また午後6時30分から1時間にわたって伝国の杜前広場において武てい式が行われました。これは上杉謙信が戦場に赴く前に神仏に戦勝を祈願する儀式で、赤々と燃えるかがり火の中で、五沾水(ごてんすい)の儀、軍神勧請の儀といった儀式が荘厳に行われ、上杉鉄砲隊の銃声が辺りに響き渡りました。
5月3日は、市内7小学校の児童や米沢こども園の園児らが参加する鼓笛隊のパレードや上杉松岬両神社の「みこし渡御」、上杉砲術隊などの総勢980名余りが午前9時30分に南部小学校をスタートし市内をパレードしました。
また午前10時30分からは興譲小学校グラウンドで「上杉軍団行列」の出発式を行い、330名余りの甲冑を着た武者や馬上の上杉謙信などが米沢駅に向かって威風堂々の姿を披露しました。今年、上杉謙信役を務めたのは、新潟県胎内市在住の渡辺悟さんです。馬上の渡辺さんは、まさに上杉謙信を想起させる風貌でした。
午後2時からは、松川河川敷において「川中島合戦」が行われました。これは、永禄4年(1561)秋、上杉謙信と武田信玄の間で行われた戦国史上最大の死闘を、上杉軍約300名、武田軍約220名の総勢約520名で再現したもので、両軍の戦いの前の儀式を含め、1時間半余りかけて行われました。
はじめに戦勝祈願として、武田軍が「三献の儀」、上杉軍が「武てい式」を行い、弓矢や火縄銃を発射して合戦が始まりました。両軍からの火縄銃は、「打て」の声とともに会場で大きな音が響き渡り、観客から大きな拍手がおくられました。
川中島合戦のハイライト「三太刀七太刀」のシーンでは、馬上の謙信がただ一騎で武田本陣に乗り入れ、太刀を振りかざして信玄に切りつけ、信玄はそれを軍扇で受けました。
その後両軍の死闘が続き、上杉軍優勢の中で、妻女山から下った武田軍別働隊の高坂隊が合戦に加わると、上杉軍は武田軍の挟み打ちに遭い形勢が逆転し始め、隊列は崩れて善光寺に引き上げ、戦国史上最大の戦い「川中島合戦」の幕が閉じました。合戦後は、武者達と観客の記念撮影が行われました。
この日の米沢市の最高気温は午後0時10分に25.3℃を記録しました。
主催者の米沢上杉まつり実行委員会は、上杉行列に6万人(昨年6万人)、川中島合戦に2万5千人(昨年2万5千人)の計8万5千人(昨年8万5千人)、また今年の米沢上杉まつり期間中の4月29日から5月3日までの人出は、計16万1千500人(昨年22万2千人)と発表しました。昨年は、開幕祭でのディズニーパレードによる効果がありましたが、今年は一昨年の16万8千人とほぼ同様の人出でした。