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江戸後期に「新々刀之祖」と称された刀工「水心子正秀」(すいしんしまさひで、1750〜1825)は、現在の南陽市元中山諏訪の原に生まれました。今年が没後200年となることから、刀匠 水心子正秀没後二百年記念事業実行委員会(神尾伸一委員長)は、8月2日と3日の2日間、烏帽子山八幡宮社殿内で「特別展烏帽子山御神宝刀剣展」を開催しました。
はじめに特別展オープニングセレモニーがおこなわれ、開会宣言、来賓祝辞、テープカット、続いて社殿での観覧が行われました。
水心子正秀は、12歳の時、母の実家である赤湯北町の外山家で野鍛冶として包丁や農具を作っていましたが、刀鍛冶に興味を抱き、長井小出の吉沢三次郎に学び、18歳で山形に移り住みました。22歳の時に山形藩士の紹介で、武蔵国八王子の宮川吉英について、刀鍛冶の修行に励みました。24歳の時に山形に戻り、山形藩主秋元家の刀工となり、34歳以降は江戸日本橋の山形藩中屋敷に住み、各地の名工の子孫を訪ねては研究を重ね、多くの著作を残し、後世の刀匠に多大な影響を与えました。生涯に百人を超える門人を育てた教育者としても優れた素質を持ち、江戸で亡くなりました。烏帽子山八幡宮参集殿前に顕彰碑が建立されています。
今回展示された刀剣は3点で、そのうち脇差は烏帽子山八幡宮所蔵のものです。南陽市指定文化財となっているもので、全長は51.48cmあり、銘文「水心子正秀 文化二年作」(1805年)と刻まれています。
短刀及び刀は個人所蔵のものです。これら3点は、通常は非公開のものですが、刀剣の実物観賞による歴史的価値の体感、刀剣文化の背景や技術を映像によって紹介する教育的目的、さらに公共的文化財として、地域住民や観光客へ開かれた機会の提供を図ることなどから無料公開されました。会場には、関東以西から訪れたという若い女性の姿も見られ、大盛況でした。
来たる9月15日には、午前8時から生誕地に近い諏訪神社で、また午前9時30分から烏帽子山八幡宮で神事、記念講演などの記念式典が開催されます。10時からは、日本美術刀剣保存協会山形支部副支部長の布施幸一氏が「讃える水心子正秀」を演題に講演をおこないます。