newtitle



画像04が表示されない

米沢日報発行の本

米沢日報元旦号PR


▲トップページへ戻る

書評 『杜』 第48号 杜の会発行

1 杜の会(編集・発行人 清野春樹)が発行する同人誌。杜の会は入会費がなく、ジャンルは問わずに原稿枚数による負担金で発行している。「杜」第48号には6名が小説4点、創作1点、詩2点、論文2点の計8点を掲載、計80頁の構成である。
 最初に登場するのが、阿部宏慈氏の小説『峠の馬』。山形県立米沢栄養大学・同米沢女子短期大学学長という現職にあるフランス文学者、大学学長はこの3月で退任する。このような小説を書くことで、学生には自然と刺激を与え、良きお手本を示しているといえよう。阿部氏は、ここ数年「杜」には毎回寄稿されているが、回を重ねるに従い、表現描写がより繊細になり、文章からは熟成されたウイスキーのような芳醇な香りを感じるのは評者だけだろうか。主人公は大学3年生の私。秋休みにリアス式海岸のある海辺に集落にある民宿兼雑貨屋に泊まる。そこから見える集落の歴史や人々の生活。満州からの引揚者である民宿の親父との会話や生い立ちの話になる。小説だから著者の想像力で筆は運んでいるのだろうが、大学生を取り巻く環境や男と女の現実社会のリアリティーがありありと出てくるから、まさに著者の生きてきた時代や社会背景を投影した小説だという感じがする。
 清野春樹氏の『創作 江口の君』。山形県置賜地方にも江口という姓を持つ人が結構いるので、てっきり人の名前かなと早合点しながら読み進めると、それは淀川沿いにあるまちの名前だった。淀川は、滋賀県から京都府、大阪府を流れて大阪湾に注ぐ川。仁安2年(1167)、西行は天王寺を訪れ、江口の宿にいる妙という女との出会いが展開していく。奈良時代の蘇我氏から、聖徳太子、奥州平泉の藤原氏まで登場するなど、古代史から現代史まで日本史に精通する清野氏ならではの書きっぷりである。そして読者は、いつの間にか、江口の女の生きざまに捉えられている。 
 井上達也氏の『創作 老いを感じてしまったとき』は、まさに評者も最近とみにそれを感じているだけに、ドキリというタイトルである。見れば、文章の7、8割が短歌。短歌だけだと、文章には何の脈絡もないが、その短歌と短歌の間に説明文があることで、短歌が文章の中で繋がっていく不思議な世界となっている。
 松尾到氏は、2編の詩『すっとび』『種を播く』。北条剛氏の小説『落葉〜オクタヴィアヌスとクレオパトラ』は、山形市内で塩野七生作品を読む読書会がきっかけとなった。その第5巻《ユリウス・カエサル ルビコン以降》の終わりに、「王宮内で一度、クレオパトラと勝者のオクタヴィアヌス」が会ったとされるが、「どんな会話がかわされたかは知られていない」とあり、「この交わされた会話を想像たくましく書いてみたいと思った」とある。絶世の美女クレオパトラを妻にしたカエサル、アントニウス、そしてアクティウムの海戦でクレオパトラ・アントニウス連合軍に勝ったオクタヴィアヌスという3人の男がどう交わるのか、古代ローマ帝国とエジプト王朝の歴史をバックに、スケールの大きな小説となった。
 佐藤憲幸氏は、『直江兼続家戒名の謎』と題するタイトルで、平成21年に大河ドラマで全国的に知られるようになった上杉家執政の直江兼続を取り上げた。兼続は、大阪冬の陣(1614)から5年後の元和5年(1619)に江戸の鱗屋敷(現警視庁)で没したが、そのときに付けられた戒名は、「達三全智居士」と6文字の簡単なもので、米沢藩主上杉景勝の右腕であり、家老職の人物にしては、「相応しくない戒名」と佐藤氏は述べる。確かに普通であれば、院殿号が付いても不思議ではない。18年後に亡くなった妻のお船の方には、最初から院殿号が付いていた。
 兼続に院殿号が付いたのは、享保3年(1718)と、兼続の100回忌法要である。佐藤氏は、なぜ兼続の戒名は6文字だったのか、さらに上杉鷹山が兼続没後150年にあたって、兼続の名誉回復の法要を行ったが、名誉とは何を指し、名誉を失った事由は何であったのかと、問題提起を行っている。そして直江家を絶えさせた理由、複雑な直江兼続一家の祀られ方について、万人を納得させる史料、書物がないと佐藤氏は結論づけている。「米沢はこの状態を敢えて善しとして来たように思える」という佐藤氏の見解に、米沢に住むものとして、確かにこの疑問には今もって明確な結論が研究者からも出ていないように思われ、同意せざるを得ないのである。
 評者は以前、兼続が執政時代、いわゆる独裁体制を敷き、配下の与板衆、出身の上田衆を藩政に重用しすぎて、上杉謙信以来の五十騎組がおざなりにされたことから、兼続死去後に藩政の実権が五十組へ移ると、兼続に対する積年のうらみで与板衆、上田衆が疎まれて、藩政の中心から遠ざけられたと聞いたことがあるが、それを裏付ける史料は佐藤氏のいうようにない。2代藩主の定勝時代になると、実権は兼続の部下だった平林、志田といった与板衆の実力者から集団指導体制になっていった。歴史は実に奥深い。(評 米沢日報デジタル 成澤礼夫)
 
冊子名    『杜 第四十八号』
編集・発行人 清野春樹
発行所    杜の会(米沢市城西3−9−6)
       TEL 0238−23−1729
定 価    800円+税
発 行    令和5年12月22日